盲人国(The Country of the Blind, 1904)
H.G.ウェルズ 著
H.Tsubota 訳
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チンボラソ山から三百マイル以上、コトパクシ山の雪原から百マイル、エクアドルのアンデスの不毛な荒れ地にその謎めいた山あいの谷はある。人間の世界から切り離された盲人の国である。大昔にはこの谷もある程度は世界に向かって開かれていて、人々は恐ろしい渓谷を抜けて凍りついた小道を通り、最後には平らな牧草地へとたどり着いていたはずだ……続きを読む

訳者あとがき
H.G.ウェルズの「The Country of the Blind」の翻訳。
アンデス山脈の奥地にある村に迷い込んだ男の物語で、ウェルズの短編の中では比較的知名度の高い作品。
この村は数百年前に火山噴火によって外界から完全に切り離されていて、その上、その地域独特の疫病によってそこで生まれる人間は全て盲目である。その結果、視力の存在は忘れ去られ、独自の世界が作り上げられている。
迷い込んだ主人公の目を通して描かれる奇妙な世界が実は現実の世界の風刺であるという点ではスウィフトの「ガリヴァー旅行記」やサミュエル・バトラーの「エレホン」と同じ着想の作品と言えるかもしれない。
視力は想像力(あるいは「センス・オブ・ワンダー」)を意味していること、視力を持たない周囲の人間から白痴扱いされる主人公が最初期のSF作家であるウェルズ自身の分身であることは容易に想像できる。
急速な科学・技術の発展があった20世紀初頭には前世紀的な制度と衝突して同じ様な思いを抱く若者は多かったらしく、例えば、1903年生まれのジョージ・オーウェルはウェルズについて次のように書いている。
一九〇〇年代を振り返れば一人の少年にとってH・G・ウェルズとの出会いはすばらしい経験だった。少年がいるのは杓子定規な人間、聖職者、ゴルファーばかりの世界だ……(中略)……しかしここに他の星々や海底の住人について彼に語ることができ、未来はお行儀の良い人々が想像しているようなものではないと知るすばらしい人間が存在したのだ。(ウェルズ、ヒトラー、世界国家, ジョージ・オーウェル)
(恐らくウェルズの意図を超えたことだろうが)視力という優位性を持ちながら盲人国の社会制度の中では能力を発揮できずに「障害者」扱いされる主人公は「障害の社会モデル」を描き出していると評されることも多い。