主人公はイギリスに住む16歳の少女。舞台となる世界はFacebookもiPodあって現実の世界と変わらないが、ただ一つ違うのはMDRというウィルス性の病気が蔓延していることだ。このウィルスの感染者は妊娠すると免疫不全と脳の萎縮で死に至る。世界中の人間がそれに感染したことでもはや子供はほとんど産まれず、ゆるやかに人間が絶滅していくことが予期されている。
その世界で主人公は若者らしい潔癖な(そして実行力に乏しい)政治活動に参加したり、恋愛をしたりしていくのだがこのMDRを解決するかもしれない方法を知ったことで物語が動き始める、という筋書き。
自己犠牲の物語ということで「たった一つの冴えたやり方」と比較されることが多いようだけれど自己犠牲の話は実はプロットの一部に過ぎなくて、むしろ思春期の自己の確立とそれによる家族との確執の描写に力がいれられているように思う。「世界を救う方法」自体は、かなり早い段階で明らかになるし。
もう一つ、1952年生まれの著者の年齢を考えるとこれは60年代の社会主義運動の著者なりの回顧録なのかも知れない。パリ五月革命が1968年なのでその頃、著者はちょうど主人公と同じ16歳だ(ついでに言えば著者は女性)。
数十年前に著者とその親世代の間にあったであろう確執が舞台を現代に代えたこの作品でも不自然なく描かれているというところに本作の普遍性があるように感じたというのが感想。